大山寺から寂静山(じゃくじょうざん)へ登る僧兵の道をいくと、
見晴らしの良い場所に「お里の松」の碑があります。
これは船上山の合戦で戦死した恋人を悲しみ、
この地で果てたお里を哀れんで僧兵たちが葬ったもので、
一本の松を植えたことからそう呼ばれています。
「“お里のお松”とは」
むかし与七という若い僧兵がいました。与七がある夜大山滝を通り赤崎の里まで遊びに行った時、そこで会った漁夫の娘お里と恋に落ちました。しかし、ある日与七は船上合戦に出陣することが決まってしまい、不運にもその地で戦死してしまいます。この事を知ったお里は、悲しみのあまり与七の後を追い自害。
これをあわれんだ僧兵たちはひそかにお里をこの地に葬り一本の松を植え彼女を悼みました。するとこの松の木は年々大きくなり、誰いうともなくこの松を“お里の松”と呼ぶようになったと伝えられています。