子ども読書推進活動 本のある街だいせん町大山町について調べよう調べてみました第1回 「カラス天狗」について調べてみましたこんなことがわかりました。

こんなことがわかりました。

●カラス天狗って何?●
カラス天狗は、何種類かいる天狗のなかの一種。
カラス天狗のほかにも、大天狗、木の葉(木っ葉)天狗などがいるようです。
大天狗は一番位(くらい)が高く、カラス天狗は、大天狗の身の回りの世話をしていたとかかれている本もあります。(B、K) 
その「天狗」が日本の歴史ではじめて登場したのは、637年。
流れ星が大きな音を立てて流れたのを、僧旻(そうみん)という人が「あれは天狗というものだ」と言ったのが最初だそうです。
流れ星が「天狗」というのは、もともと中国で考えられていたことで、僧旻はそのことを言ったみたい。(C、G)
●カラス天狗の姿●
「天狗」という発想は中国からきているようですが、
中国での天狗は「いぬ」のような姿をしていると考えられているそうなので(G)、わたしたちが想像する日本での天狗の姿とは違います。
平安時代ごろに日本で書かれた書物のなかでは、天狗の姿はクチバシや翼がある姿で書かれているものが多いようです。(C、G、J)
また、日本で顔が赤くて、鼻が長い姿の天狗が一般的になったのは、もっと後の時代のこと(F)なので、昔は、鼻の長い「天狗」よりも、「カラス天狗」の姿のほうが一般的だったのかもしれません。
ちなみに、「カラス天狗の姿は、インドの仏教の「カルラ」という神様によく似ていることから、「カラス天狗」のイメージはインドから来ているという説もあります。(C)
●何を着ているの?●
「カラス天狗」や「天狗」は、山伏の格好で描かれることが多くあります。
大山のカラス天狗も山伏のような格好をしていますね。
天狗が僧や山伏と勝負した話や、うらみをもって死んだ僧や山伏が天狗になった話があることから、天狗は仏教や僧侶・山伏と深い関係にあると考えられたみたい。(C、F)
また、山伏は、山の中にこもって修行をしている様子が天狗のようだと考えられたりもしたようです。(C、F)
だから、カラス天狗も山伏の格好をしているのかもしれません。
●どうして大山にカラス天狗?●
江戸時代にかかれた『天狗経』という本では、日本中の山に天狗がいるとされていたようです。
もちろん大山にも天狗がいて、「伯耆坊」という名前がついていたけっこう有名な天狗だったみたい。(C、J)
もしかしたら、仁王堂公園のあのカラス天狗は「伯耆坊」自身かもしれないし、その子分のカラス天狗だったかも…。
●まとめ●
カラス天狗は天狗の一種で、天狗の話のなかには昔からその姿が登場していました。
山伏の姿で描かれていることが多いのは、天狗(カラス天狗)が、僧や山伏と深い関わりをもっていたと考えられていたり、そのような話がたくさん残っているため。
大山にカラス天狗の話が残っているのも、大山寺がむかし山伏たちの修行の場として栄え、大きな勢力を持っていたことと関係しているかもしれません。
仁王堂公園のカラス天狗像も、そのような話がもとになっているのかも…
※アルファベットはとくに参考にした本の番号です。